
昨日は久しぶりによく眠れた。もう後戻りはできない。不安だらけだが、まずこの腫瘍を摘出しなければ、その先の治療も人生もないのだ。
午前8時に家族が来た。母が手術をしたときの話を聞いたり、梶本先生の経歴やファッションの話をして、気を紛らわせた。看護師さんも皆、優しくて有難い。手術室へ向かう時間になると、はるちゃんが泣いていた。見送られるとき、不思議と涙は出なかった。覚悟が決まったのか。
手術台のベッドは温かかった。10名以上の医師や看護師が、一糸乱れぬチームワークで準備を進める。梶本先生に「もうすぐ眠くなります」と言われてから1分と経たないうちに、気がつくと手術は終わっていた。周りの声はすべて聞こえるが、体がまったく動かない。応えたくても応えられない。金縛りにかかったような感覚。家族が入ってきたのがわかり、目を開けようとするが半分も開かない。母が泣いている。何か悪いニュースがあるのか。意識だけは驚くほどはっきりしていた。
しばらくして看護師に言われたとおり、手足を動かしてみる。自分の意思と裏腹に体が動かないというのは、こんなにも苦痛なのか。呼吸の管が抜け、少しずつ反応できるようになった。喉が乾いて辛い。朦朧として、1分おきに寝落ちする。半目を開けるたびにみんなが覗き込むので鬱陶しかった。はるちゃんが一番聞きたかったことを教えてくれた。ペースメーカーも人工弁も必要なかったよ、と。先生から無事手術終わりましたよ、と声をかけられ、安堵を覚える。
それからは、痛みと喉の渇きとの戦いだった。はじめて口に含んだ氷は、全身に染み渡るようだった。私がお願いするたびに、信が一生懸命、氷や水、アクエリアスを口に運んでくれるが、飲む前に寝落ちしてしまう。麻酔で胃腸の感覚が失われているらしい。飲み過ぎて気分が悪くなりゲップをすると、患部に激痛が走り、失神寸前だった。自分の感覚をコントロールできない私は、暴言を吐きまくった。薬の影響で本性が出てしまったようだ。怖い、怖い。

Ayaka Morohoshi諸星 文香
1980年10月14日東京都生まれ。フリーランス。カナダの大学を卒業後、不動産開発会社や旅行会社の勤務を経て、2011年より世界の素敵なホテルを厳選した宿泊予約サイト「Tablet Hotels」に従事。現在は都内でパートナーと2人暮らし。
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